人権擁護法

人権擁護法というのがあります。
私もこの被害に遭ってから何度か人権擁護委員の家に電話をかけたり、
電話帳を隅々まで調べて、人権100番だとか、女性相談室とか、ストーカー相談室とか
電話をかけまくったたことがあります。

これらは殆ど市や県の役所の部署や、警察署の部署や、法律事務所のようなところへ
つながったような気がしますが、最後には私は危険人物扱いになってしまったような感じで
結局は何の解決にもなりませんでした。

数年前にストーカー規制法というのもできています。
この場合はストーカーとは、
特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情
又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的でする行為と
定義づけられています。
集団ストーカーの被害者の殆どがこの定義には当てはまらない人が殆どではないでしょうか?
相手が特定できてない人や、殆ど自分と付き合いがない集団から付きまとわれている人が殆どです。

マスコミ等の仄めかしから考えてもストーカー規制法が話題になっていた頃、
この集団ストーカーが
マスコミや権力者に認知されていなかったとは殆ど考えられないにもかかわらず
ストーカー規制法は私のような集団ストーカー被害者は故意に隅においやられたようなもので、
私たちには実際には何の効果もありません。

又、人権擁護法に対して、マスコミが報道の自由や取材の自由を盾に
この法案成立に、反対の声を挙げているのをテレビで見たことがあります。

其の頃はマスコミによる仄めかしも激しかった頃で、
まさかテレビで個人のプライバシーが放送されることはありえないにもかかわらず
生番組等余りにもリアルタイムに仄めかしされていることについて、

私は、
インターネットで私自身のプライバシーが流されていて
それを興味半分で見ているテレビ関係者がいるという風に解釈して、

個人のプライバシーを傍観しているだけのマスコミに対して
『何が報道の自由か』『其の前に人権保護の方が先決』と
憤りを感じて見ていたことを思い出します。

私は最初この人権擁護法というのは私たち集団ストーカーの被害者のような立場の者を保護するために
作られたものかもしれないと迂闊にも思っていました。

最近この法律は、実際には、特権階級を守るためものでしかないと強く感じるようになりました。
ネットでは小泉前首相の暴行逮捕疑惑や、色々な政治家の犯罪等
暴露されています。
これらの暴露者を法的に罰しようというのが、この法律のような気がします。
つまり、真実の隠蔽や、都合の悪いもの処分のためにこの法律があるということです。
又は、日本は共産主義国家にも勝る汚職国家ということを国民に知られないように
この法律があるのかも知れないということです。

集団ストーカーの被害者の中には、相手の名前や、ストーカーしている車の映像等
をネットに流している人もいます。
私もよくブログで○○宗教や○○テレビや政治の批判のようなことを書いていますが
これらも濡れ衣と烙印をおされて
人権擁護法の罰則対象になるかも知れません。
これから益々警察国家 管理社会の様相を呈していきそうです。